地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、札幌の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

札幌の地域情報サイト「まいぷれ」

令和の時代から昭和5年の『蕎麦通』を読む <その2、蕎麦通自序を読む2>

 手打ちそば 喜心庵のニュース

令和の時代から昭和5年の『蕎麦通』を読む <その2、蕎麦通自序を読む2>
<その2、蕎麦通自序を読む2>
 蕎麦通の著者は、幕末に江戸赤坂新町5丁目の養老庵というそば屋で生まれました。養老庵は、著者の父親が一代で作り上げた店です。著者の父親は、大垣藩に仕える武士だったそうです。

 身分に厳しい江戸時代に、武士がそば屋を始めるなんて、あったんだろうか? という疑問もわきますが、蕎麦通自序によりますと「もっともその当時は旗本の二男三男、あるいは御家人のおちぶれ者で蕎麦の職人になっていた者はたくさんあったそうです」と、書いておりますので、けっこうあったみたいですね。

 旗本家とはいっても、家禄を継げるのは長男だけで、二男三男ともなりますと、ふつうはろくな仕事にはありつけません。婿養子の縁談でもくればラッキーなほうです。だったら一生脛をかじられるよりは、店でも持たせてやろうか、と考える旗本がいてもおかしくはないと思います。

 薮そばの元祖、団子坂薮の店舗も、敷地1500坪で、滝のある庭があったといいますが、もともとは旗本の隠居所だったそうです。団子坂薮の主人も、元武士だったという伝承もありますから、おそらくは、著者のいう「旗本の二男三男」のケースだったのでしょう。

手打ちそば喜心庵

手稲区稲穂3条7丁目5−1
うどん・そば(蕎麦)[手打ちそば]

手打ちそば 喜心庵

最新のニュース一覧へ
口コミ

このお店・施設に行ったことがありますか?

あなたの体験や感想を投稿してみましょう。