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これを読めばあなたもそば通! 令和の時代から昭和5年の『蕎麦通』を読む< その57、出前もちの今昔>

 手打ちそば 喜心庵のニュース

蕎麦通初版「これを読めばあなたもそば通! 令和の時代から昭和5年の『蕎麦通』を読む< その57、出前もちの今昔>」

蕎麦通初版

 すべての人間が、あまりに寒がりになりすぎたことは、昔に比べて実際である。蕎麦屋の出前持の姿は、昔はとても薄着なもので、身軽なきびきびとしていたことは、魚屋と匹敵すべきであろう。

 ずっと前の時代には少し数の多い注文を受けると、ケンドンいれて担いで運んだものだ。そして荷を担ぐ天秤棒は椋の木で造られるのが例で、天秤棒がしなって、荷が揺れないように、特に太い椋を選んで、普通の天秤の如くに後先が削ってない、一本の丸棒と同じ物だった。それを左の肩に当てるのが、通例になっていたものだ。これが後に御膳籠になってからは椋の天秤棒なんかも等閑に付せられてしまった。

 でその扮装というと、いかな寒中といえども、 腹掛一つに袷の素袢纏で、決して股引を穿かずに、 素草鞋というのだから、見るからに寒そうな風をしていたものである。そんな扮装をしていて寒くはないかといえば、決して寒くないことはない。しかしその寒さを押しこらえて、平気で過ごしたのだから、習慣とはいいながら 剛毅なものに違いない。

 こうして鍛えた身には、腹掛と袷と素襦袢だけで、我慢するけど、 空脛にはさすがに寒さがこたえるばかりでなく、寒い空っ風に吹きさらされていると、ひびがきれるのが辛かったので、 鬢付油 を塗りつけてしのぎ防いだものであった。

 だから出前が一番閉口するのは、雨と雪の夜で冷たい泥濘や雪の上を、素草鞋で踏みしめるときは、脳天まで寒さが泌る。 腰にブラ提灯をさげているが、その提灯は竹の柄が一尺ばかり付いていて、先に鉄の鉤がはめてある。この鉤はどこへでも掛けられるに都合よく考案されたものだ。提灯の印は、大抵赤い色で屋号が、太く書き現してあった。

 現在の出前持が昔の話を聞いたら、聞いたばかりで感冒にかかりはしないかと気遣われるほど、今の扮装は寒さ知らずである。メリヤスのシャツを重ねた上に、毛糸のセーターをまとい、なおその上に、モジリか何かを着込んで、コール天の股引きという、暖かい服装をしている上に、雪や雨の日は、ゴムの長靴か何かを穿いて、自転車で出前をしている。この扮装でしかも眼だけを出して頭も、耳も、口も、鼻も、残らずつつんでしまうジゴマ帽なんぞを、すっぽりと冠って、毛糸の手袋をはめているのだから、たとえばどんなに寒くたって、決して驚くはずがない。

 それから以前は、出前持の一種の見栄のようになっていたのは、見上げるほど高く、蒸籠や丼を重ねたのを、決して大工が道具箱を担ぐように、肩に盆を当てないで、掌に乗せて往来したものであった。熟練の結果とはいいながら、実に鮮やかなものであったが、警視庁の交通取締規則が改正されて以来、制限以上に高く積み重ねて歩くことは、厳禁されてしまった。

 ただ黙認されているのは、単に蕎麦屋に限らず、一般の飲食店の出前が、自転車で運ぶ時に、片手でハンドルを握ることだけは、大目に見ている。しかし器物を頭に乗せて、自転車に乗ることは絶対に許されない。

 明治の末年に下谷稲荷町辺の、相応に広い空地で、蕎麦屋の出前持が、よく道具を担ぐことを、練習していたのを見たことがあった。あの辺の宿(蕎麦屋専門の口入業)にいる寄子たちが、稽古をしていたものらしい。

 昔の出前持の仕事は、出前のほかに、 燈油皿 を毎日のように、磨かされたものである。 八間 の 行燈 というものを用いていた時代で、ランプの前だから、相当に年代は古いが、とにかくあかりといえば、贅沢な 蝋燭 のほかには、燈心に火を 点 した行燈があるばかりで、蕎麦屋では八間と称する行燈を使用していた。燈油皿は銅で出来ていて、一つの皿に左右八本ずつの燈心を入れて、照らしたものだった。

 銅の油皿を藁に灰を付けて、毎朝磨いて充分に光らせておく事が、一つの仕事として与えられていたのは、よく光らせてあると、うす暗い燈心の火が、その皿に照して、光力が補われるからである。

 そのほかには水汲みが、相応に骨の折れたもので、井戸は大抵家の外にあった。その水を汲み込むのに、八升くらい汲める 釣瓶 だから、普通のものから比べると、よほど大きなものだ。井戸側に踏みまたがって、八升の釣瓶を竿で汲み上げる。これが浅い井戸ならまだしも、三側四側の深いものになると、汲み上げるだけで、かなり力を要する、それを井戸の傍に造られた箱の中に入れると、 懸樋が通っていて板場に備えてある大桶に流れ込むようになっている。蕎麦屋に水は大切なものだから、絶えず充分に湛えておかなければならぬ。

 蕎麦を洗うのに、冬は汲み置きにした水でも差し支えないが、夏は絶対に汲み置きは用いられない。そのたびごとに冷たい汲みたてを必要とするから、これがかなり骨の折れる仕事としてあった。

 燈火と水とで、必ず毎日の如くに、苦労をして来た昔のことなぞは、今から考えると、及びもつかないであろう。だからどう見ても、今の方がすべての点から、はるかに楽になっていることだけは事実である。


 池波正太郎の時代小説で、乳丸出しでそばを担いで走る女出前持ちを、主人公にしたのがありました。とにかく昔の出前持ちは薄着だったようです。著者も出前持ちの仕事では苦労したのでしょう。

 そばを洗う水ですが、江戸では井戸を掘ってもいい水がでてこないので、水道水を使っていたようです。江戸時代に水道?って思うかもしれませんが、歌舞伎の助六には、出前持ちが、水道の水を使っていることを自慢する場面があります。

 水道といっても、地下に水路があって、深い竪穴から水を汲み上げるというもの。井戸と使い勝手に差はありませんでした。
(次回は信州甲州のそば)

手稲区稲穂3条7丁目5-1

手打ちそば喜心庵

名称手打ちそば 喜心庵
フリガナテウチソバ キシンアン
住所006-0033 札幌市手稲区稲穂3条7-5-1
アクセスJR星置駅南口より徒歩10分
札幌市営地下鉄宮の沢駅より手稲鉱山行き他に乗り、手稲鉱山通バス停下車すぐ
電話番号011-699-5699
営業時間11:00~20:00(ラストオーダー19:30) 火~木曜、土・日曜
11:00~15:30(ラストオーダー15:00) 金曜
定休日月曜
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