「あまり、こうなることを目指してきたわけではないんです。」
・・・そう言われて、次の言葉に窮する私(編集部)が居ました。
ダンススタジオ・ブレスカンパニー(Breath Company)様でのことです。
この日(2023年7月5日)、まいぷれ札幌市中央区編集部は、YOSAKOIソーラン祭りのチーム「舞天使」の取材でブレスカンパニー様を訪ねていました。
今年のYOSAKOIソーラン祭りを観覧した中で、いくつかの気になるチームがありました。
「舞天使」もその一つで、6月8日に大通公園西8丁目会場での演舞を見ていてみつけました。
小さな小中学生たちが、かわいらしい衣装で、なんとわずか6名で登場したのです!
その前に演舞したチームが、わりと大勢だったこともあり、なおさら少人数なのが目立ちました。
踊り出すと、緊張のためか少しぎこちなさもありましたが、一生懸命踊っているのがよくわかりました。
「公式ガイドブック」で札幌市中央区のチームと知り、2日後、2度目の演舞を見にJR札幌駅南口広場へ出かけました。
先日の演舞で少し慣れたせいか、のびのびと踊っていました(写真❶)。
羽衣とともに舞い踊る姿は、まさに舞天使!(写真➋)。
YOSAKOIソーラン祭りのきまりでもある「鳴子」をしっかり握り締め、ポーズも決まりました(写真❸)。
ほとんどのチームが、少なくても20人程度以上で構成されているなか、この6名の天使たちはどんな思いで演舞していたのか。
そしてこのチームを指導した代表者はどんな考えでYOSAKOIソーラン祭りを捉えているのか? とても興味が湧き、取材に及びました。
では、ダンススタジオ・ブレスカンパニーへ、代表の吉田裕美様(写真❹)を訪ねてのインタビューをご覧ください。
編集部:とても少人数のチームでYOSAKOIソーラン祭りに参加されていたことが気になり、お話を伺いに参りました。チームメンバー集めにはご苦労されているのでしょうか?
吉田氏:そういうわけでもないんです。私は、ここでダンススタジオと劇団を運営しているのですが、YOSAKOIには、ダンス教室の生徒さんのうち、希望者だけでチームを結成し参加しています。今年はたまたま、6名しかいなかったということです。
編集部:はぁ。(既にこの段階から、取材前の予想が外れ出しました)
では、無理に人数を集めてチーム作りをしているわけではないんですね?
吉田氏:そうです。人数が少ないからといって、なかば強制的にYOSAKOIへの参加を呼び掛けることはしていません。あくまでも生徒さんの意志で、「祭りに出たい」という人だけに、そのための演舞を教え、参加してもらっています。
編集部:なるほど、わかりました。ところでそもそも、吉田さんがダンススタジオを始められた経緯をお聞かせ願えませんか。
吉田氏:初めはダンスではなかったのです。1988年に、友人から誘われて劇団「kiss’s」を始めることになり、やがて代表を引き継ぎました。
その後ダンスに興味を持ち、ニューヨークにジャズダンスやバレエ、シアターダンスなどを学びに行きました。
編集部:本場のダンスを学び、ダンススタジオを始めようと考えたわけですね。
吉田氏:いいえ。そんなつもりはありませんでした。(!、また予想が外れた!! (編集部))
ただ、ニューヨークから戻ったら、「ダンスを教えて」と周囲から言われ、教え始めたんです。
編集部:貴社のホームページには、— 1998年、Space of「D」(現在のBreath Company の前身)を設立し、本格的にダンス指導開始 ―とありました。この「D」は何を表しているのですか。
吉田氏:ダンス(Dance)、演劇・芝居(Drama)、子供たちの夢(Dream)の三つのDをまとめたものです。
編集部:その3年後に、教え子のユニットチーム「Small」が、テレビ東京のダンス番組「RAVE2001」の札幌大会でチャンピオンになられましたね。
吉田氏:そうなんです! その後、全国大会で最優秀ダンサーにも選ばれました。
編集部:吉田さんのレッスンが素晴らしく、その成果が認められたわけですね。
吉田氏:実は、そこまでの結果を狙ってエントリーしたわけでもなかったので、選ばれた本人はびっくり!
私も、びっくりでした(笑)。
編集部:エステー化学のドリームミュージカルにも教え子が出演されましたね。
吉田氏:はい。あのオーディションも、社会見学の一環として申し込んだところ、「アルプスの少女ハイジ」や、「赤毛のアン」に受かってびっくり・・・そんなことが何度が重なって今日に至っています。
編集部:しかし、単にラッキーだったわけではなく、やはり、しっかりしたレッスンにより、教え子さんに実力がついていたということだと思います。
2008年にはスタジオ名を「Breath Company」に変更されました。さらに飛躍を目指してのことだと思うのですが。
吉田氏:う~ん。あまり、こうなることを目指してきたわけではないんです。劇団にしてもダンススタジオにしても、それを仕事にしようとしたわけではなく、ただ、周囲の希望を叶えることを繰り返してこうなっちゃいました! あっはっは・・・。
編集部:(絶句! まったく当初の予想は外れまくり!! 気を取り直して・・・)
チーム「舞天使」について伺いたいと思います。今年は少人数でしたが、多いときは何人くらいで参加されたのでしょうか。
吉田氏:そうですね。だいたい20人くらいがMaxといったところですかね。参加したくとも、YOSAKOIソーラン祭りと学校行事の日が重なってしまい、参加できない子もいるんです。
編集部:そうですか。参加するにあたっては、チームの「方針」のようなものはあるのですか。
吉田氏:とくに賞を目指すわけではなく、楽しく参加することに主眼を置いています。それと同時に、この祭りを舞台の周辺で支えているスタッフやボランティアの皆さんをリスペクトすること、安全に参加できていることに感謝することなどを学ぶ場として考えています。
編集部:ダンス教室での学びとはまた違った学びが得られる場ということですね。
吉田氏:はい、YOSAKOIへの参加に手を挙げた子は、当然、みんな張り切って取り組みます。ただ、ダンスを習いに来ている子には、学校にいくにも家族の送迎が当たり前で、一人で地下鉄に乗ったことのない子もいるんです。
また、ダンスの発表会などは、観客がほとんど身内ですが、YOSAKOIソーラン祭りでは、見知らぬ人から「良かったよ!」と声をかけられるので、良い刺激となっています。YOSAKOIで次の会場へ地下鉄で移動するとか、そんなことの一つひとつが、本人にとっては勉強の機会になっています。
編集部:なるほど。ダンス以外の学びにも大きなものがありそうですね。劇団のほうはどうなんでしょうか。
吉田氏:芝居のクラス(劇団)の場合は、とくに、芝居が始まってしまえば何が起こっても彼らだけで対処しなければなりません。
そのため、3年生以上になると色々な手伝いをさせています。5年生以上では、照明の手伝いやチラシの構成を考えさせたり。自分でできないことは、年長者に頼んででもやれるようになることを目指しています。
編集部:すごいですね! 小中学校での「課外授業」を肩代わりするような感じですね。
吉田氏:上の子には下の子の面倒を見てもらうようにしています。今の子たちは一人っ子も多く、子どもたち同士や大人とのコミュニケーションをとる機会も少なくなっています。
自分一人では何をしたらよいかわからない。なので、自分のことは自分でできるようになること、健康な身体づくりといったことを目指しています。
編集部:こちらに学びに来られている生徒さんの年齢は、どのようになっているのですか。
吉田氏:劇団の場合は小学1年生から、ダンス教室の場合は4歳から受け入れています。
劇団では、近所のおじさんおばさんと一緒に芝居をする感じ。ダンス教室でも27~28歳の人もおり、そうした大人に年少者の面倒を見てもらう。自分(吉田代表)は、どこにも顔を出さないよう意識しています。
大家族のような環境のなかで、自主性を育む場にしています。
編集部:こちらを卒業するタイミングや、卒業後、その人たちはどのように活躍されているのでしょうか。
吉田氏:中学や高校卒業の節目で習いにくるのをやめるのが普通ですが、なかには社会に出てからも続けたいと言って来ている人もいます。
社会に出てからは、強いていえば医療系や芸能系に進む人が多い傾向があるかもしれません。医師になった人、言語聴覚士や看護師になった人などがいますし、芸能関係では、ダンサーや舞台俳優、声優になった人がおります。
編集部:それは素晴らしい! もっとお話を伺いたいところですが、最後に、チーム名の「舞天使」は、吉田さんが名付けられたのでしょうか?
吉田氏:はい。私が名付けました。ただ、そのきっかけは、劇団のロゴにあります。
「劇団に来ている子たちがかわいい」からと、天使の像を用いて劇団のロゴを作ってくれた人がいたのです。
そこから、チーム名を「舞天使」にしました。
編集部:なるほど。素敵なチーム名にもそのような経緯があったのですね。
本日は長時間にわたりお話しいただき、ほんとうにありがとうございました!
※ Breath Company様のホームページ