新渡戸稲造記念公園と『武士道』 まいぷれ札幌市中央区編集部
2023/11/24
❶新渡戸稲造萬里子両先生顕彰碑(山内壮夫 作)
➋新渡戸稲造記念公園 入口
❸願わくは、われ太平洋の橋とならん。
❹札幌遠友夜学校跡地 説明文
❺公園内にある案内板
先日、中央区内をぶらぶらと歩き回っていて、偶然発見しました。新渡戸稲造記念公園です。新渡戸稲造の名はもちろん知っていましたが、こんなところに記念公園があるとは、恥ずかしながら全く知りませんでした。
場所的に気づきにくいと思われるうえに、それほど広くもなく目立たないことから、近くに住んでいる方はともかく、あまり知られていないと思いここで取り上げることとしました。
場所は南4条東4丁目です。すすきの交差点から国道36号線を千歳に向かっていくと、国道は右にカーブして豊平橋にさしかかります。そのカーブの左側に「法輪閣」という納骨堂がありますが、その裏手に新渡戸稲造記念公園はありました。
公園の入り口は東側の道路に面しており、写真➋のような銘板が貼られたコンクリート製の門があります。入口の通路脇に、「願わくは、われ太平洋の橋とならん。」(写真❸)という新渡戸稲造のことばが刻まれていました。
この言葉は、稲造が1883年(明治16年)に札幌農学校時代の友と一緒に、創立後間もない帝国大学(後の東京帝国大学、現東京大学)の入学試験の面接を受けた際に発したものだそうです。
日本人の考え方と文化を正しく外国へ伝え、そして、西洋人の考え方と文化を日本に正しく広めること、それが若い時の稲造の大きな夢でした。
帝国大学に入学し勉学に励んだものの、期待はずれを感じ、また、アメリカに留学していた札幌農学校時代の同級生からの刺激もあり、翌年(1884年)には帝国大学を辞め、同年9月、米国サンフランシスコのアレゲニイ大学に入学、さらに2週間ほど後にはジョンズ・ホプキンス大学に移っております。
新渡戸稲造は1877年9月に15歳で札幌農学校(現北海道大学)の二期生として入学し、同期の内村鑑三(宗教家)、宮部金吾(植物学者)、廣井勇(土木技術者)らとともに、キリスト教(メソジスト系)の洗礼を受けておりました。
ジョンズ・ホプキンス大学に通い始めたある時、稲造はクエーカー派(キリスト教の一派)の人達との出会いがあり、そこで知り合ったアメリカ人女性メ(ァ)リー・P・エルキントン(Mary P. Elkinton 日本名:万里子)と1891年(明治24年)にフィラデルフィアで結婚しました。同年に日本に帰ってきた稲造は、札幌農学校の教授に推薦され、農政学・植民学・経済学などの講義をもち、学生の指導にあたりました。
話を戻しますが、新渡戸稲造記念公園は、妻メ(ァ)リー夫人の実家に引き取られて育った孤児の女性から遺贈された1000ドルをもとに造られた、「札幌遠友夜学校」の跡地です(写真❹参照)。
校名は、遠い国から届いた遺産を役立てたことと、論語の「朋(友)あり、遠方より来たる。また楽しからずや」にちなんで、「遠友」と名づけられたものです。
学校に行きたくとも様々な事情で就学出来ない児童や晩学者のために、稲造とメ(ァ)リー夫人によって開設された私設夜間教育施設で、1894年(明治27年)の開校から1944年(昭和19年)に軍事教練を拒み廃校となるまでの50年にわたって、男女の別なく無料で運営されていました。
新渡戸稲造の足跡として、ドイツ留学と著書『武士道』についても触れておきましょう。
1887年(明治20年)、稲造のもとに、思いがけない知らせが届きました。「札幌農学校の助教授になり、3年間、農政学を研究するためにドイツ留学するように。」というのです。
ジョンズ・ホプキンス大学での3年間の留学を終えた稲造は、ドイツへ出発。ボン大学 ~ ベルリン大学 ~ 1890年にはハレ大学と、3年間にわたり農政学や農業経済学、統計学を学び終えた稲造は、再びアメリカへ帰ります。
1891年にメ(ァ)リーと結婚後、日本に帰国し、札幌農学校教授のほか、北海道庁の技師として働いたり、遠友夜学校をつくったりしました。
学校以外の部活にも人一倍つくしてきた稲造はついに体を悪くしてしまい、それまでやっていた仕事がまったくできなくなりました。
そこで新渡戸夫妻は、群馬県の伊香保に移り、温泉に入りながら休養につとめました。そのかいあって、少しずつ体力は回復し、病気もよくなってきました。
やがて、メ(ァ)リー夫人のすすめにより、稲造は米国カリフォルニア州南部の海岸沿いの町に行って休養することになりました。
体調の回復とともに気持ちにもゆとりが出てきた稲造は、10年前、ドイツのボン大学留学中にベルギーの高名な法学者エミール・ド・ラブレー(Emile de Laveleye)博士と交わした会話を思い出します。
「あなたの国の学校では、宗教教育をしていないのですか。それでは、どうやって道徳教育をするのですか?」その時、稲造は答えに窮しました。
また、メ(ァ)リー(日本名:万里子)夫人からも、「日本人のものの考え方や習慣は、何にもとづいているのですか。」とよく聞かれましたが、満足に答えることができませんでした。
考え続けた稲造は、次のことに気づきました。稲造が少年時代に学んだ道徳の教えは、学校で教えられたものではなく、祖父の新渡戸 傳(にとべ つとう)や母、叔父が教えてくれた「武士の精神」の中にあるのだということを。
1862年(文久2年)に、現在の岩手県盛岡市で盛岡藩士新渡戸十次郎の三男として生まれた新渡戸稲造にとっては、その生い立ちからも頷ける気づきであったと考えられます。
このようなことから稲造は、『武士道』」という本を書くことにしました。
外国の人に読んでもらいたいと思った稲造は、1899年(明治32年)に英文で『武士道』を書き、翌1900年(明治33年)、『BUSHIDO: The Soul of Japan』がフィラデルフィアで出版されました。
新渡戸稲造の研究で知られる佐藤全弘(さとう まさひろ)大阪市立大学名誉教授によれば、1908年に日本語訳が出版されたほか、30カ国語以上の言語に翻訳されているとのことです。
再び話を戻しますが、新渡戸稲造記念公園にある顕彰碑の台座には、「学問余里(より)実行」と書かれております(写真❶)。
ものを覚えることよりも、徳を実行できる人に育てることを教育の第一目標としていた新渡戸稲造が揮毫し、遠友夜学校に掲示されていた言葉です。
新渡戸稲造の精神を受け継ぎ、北海道大学では125周年を記念して大学構内(北18条西7丁目)に「遠友学舎」という建物が2001年に建てられました。そしてそこでは、2005年から、学生有志を中心として運営する「平成遠友夜学校(無料)」が開校しております。
また、一般社団法人 新渡戸稲造と遠友夜学校を考える会(北海道大学農学部名誉教授 松井博和理事長)では、遠友夜学校跡地(現、新渡戸稲造記念公園)に、(仮称)札幌遠友夜学校記念館の建設を目指しておられるとのことです(写真❺)。
少し長くなってしまいましたが、この記事は、十和田市立三本木小学校のWebサイトの、新渡戸稲造「われ太平洋の橋とならん」のページ http://www.sanbongisyo-towada.jp/inazou/hyoushi.html
を中心に参照させていただき、細部は各種ネット情報から肉付けして弊編集部でとりまとめました。
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